みなさん、こんにちは。
天高く、少し気温の落ち着いた今日この頃。
いかがお過ごしでしょうか。
私事ですが、先日、吉備路を歩いてきました。
吉備へは、大阪から新幹線で約1時間です。
岡山で新幹線を降り、そのまま乗り換えて備前一宮へ。
いや!?
電車を乗り換えようと思ったのですが、なんと電車のドアが閉まっています。
「乗り遅れた!!」とドアの前で意気消沈していたら・・・。
手動でした。
ドアの前で立ち尽くす私に気付いた地元の方が、開ボタンを押してくれました。
やさしさに感謝を。
備前一宮駅では、観光っぽい8名が列車を降りました。
小さな駅で、無人改札の外にポツンとレンタルサイクルショップがありました。
交通の便は少なく、観光客の多くは自転車かタクシーで回ります。
初秋、自転車の旅は解放感があり快適に進みます。
田んぼの稲はまだ青く、頭を垂れることなく秋の空を仰ぎ見ていました。
寄り道をしながら、自転車で20分走ると吉備津神社に着きます。
桃太郎のモデルといわれる大吉備津彦命を主祭神とした神社で、360メートルにおよぶ回廊が有名です。
みなさん、ご存知でしたか?
ここでは、交流は日常なのでしょう。
挨拶をしてくれる弓道場の高校生。
お弁当を食べている目前で、試合に負けた生徒を叱咤激励している先生。
話しかけてくれる外国観光者。
思い思いに存在をアピールする虫たち。
回廊で写真を撮らせてほしいと、新しいカメラを構えてくださったおじいさん。
案内役を買って出てくださったおじさん。
40分ほどの滞在でしたが、たくさんの出会いがありました。
それから、お誘いを受けて鬼ノ城(きのじょう)に行ってきました。
車で15分移動し、山道を登り、総社平野、岡山平野、岡山市街が一望できる展望台に辿りつきました。
見晴らしがよく、気分も最高潮。
さらに5分歩くと、復元された鬼ノ城西門に到着します。
鬼ノ城は、朝鮮式に作られた神籠石式山城で、門構えに始まるその異文化感は、ありありと歴史的背景を物語っていました。
そういえば、岡山土産にはキビ団子と桃太郎に関するものが有名です。
みなさんは、桃太郎に登場する鬼に「温羅(うら)」という名前ということをご存知でしたか?
鬼に名前がついていることを知って、本当に存在したのかもという気持ちになりました。
鬼は実在するのでしょうか。
ふと思い立って考えました。
鬼がいたとしたら、人間は全滅しているか奴隷になっているかな。
訪れた鬼ノ城も、残念ながら鬼退治の城ではなく、唐・新羅の侵攻に備えて作られたお城でした。1300年以上に生活した人たちにとって鬼とは、生活を脅かすものそのものだったのでしょう。
それから、こんな伝説とも出会いました。
吉備津彦命との戦いで深手を負った鬼の温羅は、自分の血で染まった川へ鯉となって逃れました。
吉備津彦命は鵜となり、鯉に姿を変えた温羅を食べてしまいました。
それを祭られたのが、『鯉喰神社』です。
ほほう、なるほどなるほど。
人間は鬼を食べたのです、ね。
だから、私たちの中には鬼が住んでいるのですね。
そう、吉備路はわが身に潜む「鬼」のルーツを発見し、鬼と巡る旅となりました。
こころの鬼とは?
よこしまな考えそのものであったり、こころを超えて煩悩が具現化したものであったりします。
「健全なる身体には健全なる精神が宿る」と言ったのは、古代ローマの弁護士でありながら詩人として知られたユウェナリスです。
それは、たくましい精神をもつために、身体を鍛えなさいという格言ではなく。
「多くの人が神に祈るであろう富や地位は、いずれも身の破滅に繋がるので願うべきではない。もし祈るとすれば、健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」という、過大な願いへの風刺であったと言われています。
いまここに。
健全な身体は、願うものではなく、日々創造するもの。
健全な精神は、出会いに感謝して、こころの鬼と調和することかもしれません。
秋の風、秋の味覚、秋の音色を感じ、秋の夜長に、あなたは何を思いますか?
それでは、みなさんの今日1日が、こころの鬼と調和して健やかな魂で過ごせますように。
研究員 前原なおみ